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東京地方裁判所 平成6年(ワ)11197号 判決

原告 株式会社毎日コミュニケーションズ

右代表者代表取締役 佐々山泰弘

右訴訟代理人弁護士 山口博久

被告 選択出版株式会社

右代表者代表取締役 飯塚昭男

右訴訟代理人弁護士 庭山正一郎

同 三森仁

同 上床竜司

主文

一  被告は、原告に対し、本判決確定後速やかに、被告が発行する月刊誌「選択」に、別紙一記載の謝罪文を、別紙一記載の掲載条件で掲載せよ。

二  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成六年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、被告が発行する月刊誌「選択」に、別紙二記載の謝罪文を別紙二記載の掲載条件で掲載せよ。

二  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の発行した月刊誌の記事によって、名誉・信用を毀損されたとして、被告に対し、右月刊誌への謝罪文の掲載及び慰謝料の支払を求めた事案であり、争点は、右記事が原告の名誉・信用を毀損するか、右記事で摘示された事実が真実であるか否か、真実でなかったとしても、それを真実であると信ずるにつき被告に相当の理由があったか否かである。

一  前提事実(争いがない。)

1  原告は、新聞の発行及び出版事業、就職情報誌の発行等を目的とする、平成六年四月一日現在、資本金一七億四〇五〇万円、従業員五一七名、年商一五一億円の株式会社である。

被告は、書籍、雑誌出版等を目的とする株式会社で、月刊誌「選択」を発行、販売している。

2  被告は、右「選択」五月号(一九九四年五月一日発行)最終頁の「マスコミ業界ばなし」欄に、「毎日コミュニケーションズには不渡り騒動があった。同社の大学生・就職したい会社ランキングは新聞も大きく扱うようになったが、それだけでは商売にならない。」との記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

二  原告の主張

1  本件記事は、原告の名誉・信用を著しく毀損する。

本件記事は、一般読者に対し、少なくとも、原告がいつ不渡りを出してもおかしくないほどの経営危機の状態にあるとの印象を与えるもので、原告の名誉・信用を著しく毀損するものである。

2  本件記事の内容は真実ではない。

原告に「不渡り騒動」が起きたことは今までに一度もない。

また、被告は、十分な取材、調査をせずに、広告プロダクション幹部の言を鵜呑みにして、本件記事を作成、掲載したのであり、被告が、本件記事が摘示する内容を真実と信じたことに相当の理由はない。

3  本件記事によって読者は原告に対し誤った印象を持ち、原告は、取引先から説明を求められ、従業員が動揺するなど名誉・信用を著しく毀損されただけでなく、その対応に追われ、多大の損害を被った。右損害を填補するには少なくとも一〇〇〇万円の金員の支払が必要である。

また、読者は、月刊誌の記事のうち、自分の興味のあるところのみ読むのが通常であるから、原告の名誉を回復するためには、本件記事が掲載された「マスコミ業界ばなし」欄又は少なくとも同一頁内に訂正、謝罪文を掲載するなど、別紙二記載の掲載条件での謝罪文の掲載が必要である。

三  被告の主張

1  本件記事は、一般読者の通常の読み方を基準にすれば、原告の名誉・信用を毀損するものではない。

本件記事は、広告業界全体の不況の一例として原告の経営状態が悪化していたことを述べたにすぎない。また、本件記事を読んだ一般読者は、「原告が不渡りを出しそうだという噂が流れて関係者の間で一騒動があった」という印象を抱くことはあろうが、「原告が不渡りを出した」との印象を抱くことはないし、本件記事は、過去形で書かれているので、現在の原告の信用を低下させるものではない。

2  本件記事の内容は真実である。

本件記事は、原告に「不渡り騒動」があったことを記載したものであるところ、平成五年秋ころ、広告代理店である株式会社文化放送ブレーン(以下「文化放送ブレーン」という。)の社員が、シェア獲得を目的として、広告主に対し、「原告は近々不渡りを出しそうだから仕事を頼まないほうが良い。代わりにうちのほうに仕事を回してはどうか。」などと言って回ったことがあり、原告が文化放送ブレーンに対し抗議を行ったことがあった。本件記事は、この騒動を「不渡り騒動」として記載したものである。

被告は、右事実を広告業界内部の人間でこのような情報を容易に入手し得る広告プロダクションのある幹部から取材したものであり、原告は、平成五年九月期に経常損失約四億〇三五五万円、当期損失約四億七二一四万円を計上して大幅に業績が悪化したこと、下請けの制作プロダクションに対し手形の支払期日の延期を依頼したことがあったこと、「原告が不渡りを出しそうだ」という噂が流れたことは業界周知の事実であることなどを総合的に考慮して、本件記事を作成、掲載した。

第三当裁判所の判断

一  本件記事と原告の社会的評価の低下

1  乙第一号証によれば、以下の事実が認められる。

本件記事は、「選択」五月号(一九九四年五月一日発行)の最終頁に掲載されたものである。「選択」は、被告発行の月刊誌で、年間予約をした会員に対し直接販売されているもので、予約購読者数は約三万人である。

右最終頁は大きく三つの段に分かれ、上二段が「マスコミ業界ばなし」の欄である。同欄における本件記事に先行する部分は、「広告業界は景気の底を打ったのかどうか。」ということから始まり、中堅の広告代理店の経営状態について記事にしており、「創芸」が、「いまや、急速に経営が悪化しており、金融機関が複数の取引先に対し、同社との取引を見合わせた方がよいとの赤信号を発している、との噂がもっぱら。」との記事を掲載し、次いで、「中央宣興も、経営危機が囁かれている。」という記事に続いて、本件記事が掲載されている。本件記事の後には、「エクスクワイアで名の知れたUPUも本業の企業PR誌が大幅ダウン。学生援護会の業績は深刻の度を増していると伝えられる。」旨の記載が掲載されている。

2  ところで、本件記事においては、確かに、原告が手形の不渡りを出したという事実が直接に摘示されているわけではなく、原告に「不渡り騒動」があったという事実が摘示されているにすぎないが、右文脈において、本件記事を通常の読み方で読んだ一般読者は、「不渡り騒動」というその表現、本件記事の後半部分の「同社の大学生・就職したい会社ランキングは、新聞も大きく扱うようになったが、それだけでは商売にならない。」との記載とあいまって、原告の経営状態が非常に悪化しており、手形の不渡りを出したか、あるいはそれに近い状況で問題が生じ、騒動と表現するに値する事態が発生したとの印象を持つといい得るものである。

したがって、本件記事が、原告の社会的評価、とりわけその経済的信用を低下させ、その名誉・信用を害するものであることは明らかである。

二  本件記事の違法性(有無、程度)

ところで、名誉権保護と表現の自由の保障との調和を図る見地から、報道、出版等の表現行為により人の社会的評価が低下することになった場合でも、それが公共の利害に関する事実で、その目的が公益を図るものであり、かつ、当該事実が真実であると証明されたときにはその行為には違法性がなく、また、右事実が真実であることが証明されなくとも、行為者がそれを真実であると信じたことにつき相当の理由があるときは、当該表現行為には故意又は過失がなく、名誉毀損の不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

そこで、本件記事で摘示された事実が真実であるか否か、真実でなかったとしても、それを真実であると信ずるにつき相当の理由があったか否かについて検討する。

1  まず、原告は、手形の不渡りを出した事実はない(この事実は被告においても明らかに争わない。)。

ところで、被告は、原告の同業者の広告代理店である文化放送ブレーンが、「原告は不渡りを出しそうだから、仕事を頼まないほうがいい。」などと言って営業活動を行ったため、原告がそれに抗議し、文化放送ブレーン側が謝罪したという事実(以下「文化放送ブレーン関連事実」という。)があったとし、被告は、この事実を目して「不渡り騒動」と表現したと主張する。

しかし、甲第八、第九号証、証人郡山俊一、同奥野一丸の各証言によれば、平成四年ころ、文化放送ブレーンの社員が、広告代理店の株式会社ユーピーユー(以下「ユーピーユー」という。)が不渡りを出しそうだから文化放送ブレーンに仕事を回すように言って営業活動を行ったこと、右が就職情報誌業界の集まりである日本就職情報出版懇話会(以下「懇話会」という。)で問題となり、平成四年一二月、文化放送ブレーンが事実経緯を説明し、ユーピーユーに対し謝罪したことはあるものの、原告との関係における出来事ではなかったことが認められる。この点、乙第二号証、証人宮嶋巌(以下「宮嶋」という。)の証言中には、被告が、取材により原告についての文化放送ブレーン関連事実を知った旨を述べる部分があるが、後記2で述べるとおり、これは信用性に乏しい伝聞に基づくものであるから、右供述部分から、原告について文化放送ブレーン関連事実があったことを認めることはできず、他に同事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、そもそも、原告について、文化放送ブレーン関連事実を含め、手形の「不渡り騒動」があったという事実そのものの存在を認めることができないから、本件記事が摘示する事実は真実ではない。

2  次に、本件記事に関する取材について、乙第一、第二号証、証人宮嶋の証言によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告の編集部次長の宮嶋は、中堅広告代理店の経営状態が軒並み苦しくなっているという情報を得て、右を「選択」に記事として掲載することを企画した。

(二) 被告の記者である高馬卓史(以下「高馬」という。)は、右編集方針に従って、「学生援護会」の子会社の幹部、印刷会社の取引関係者等に対して取材を行い、中堅広告会社の経営状態が大変苦しいとの一般的な情報を得、また原告についても平成五年度の業績が悪化し、損失(同年九月期に経常損失約四億〇三五五万円、当期損失約四億七二一四万円)を計上したこと、原告が人員削減を行っていないことを知った。

(三) さらに、高馬は、数度にわたり、広告制作プロダクションのある社長(被告は、取材源の秘匿を理由にその氏名を明らかにしない。)に取材を行い、その結果、平成五年、文化放送ブレーンの社員が、「原告は不渡りを出しそうだから、仕事はうちにまわした方がいい。」などと広告主に言って営業活動を行い、これを知った原告が、懇話会において文化放送ブレーンに厳重な抗議をしたということがあったとの情報を得た。

(四) ところで、同社長は、右懇話会に出席していたわけではなく、文化放送ブレーン関連事実についての情報を原告の幹部及び文化放送ブレーンの人員から得たと高馬に語ったものであるところ、高馬は、自身としては、文化放送ブレーン関連事実に関して、原告、文化放送ブレーン、その他の直接の関係者に対して、何ら確認等の取材をしていない。

(五) 被告は、右取材結果から、原告の経営状態が悪化し、原告に文化放送ブレーン関連事実があったと判断して、これらの情報を社外の元新聞記者に提供し、原稿の作成を依頼した。そして、宮嶋が、編集責任者として、右原稿に手を入れたうえ、被告は、本件記事を「選択」五月号の「マスコミ業界ばなし」欄に掲載した。

3  ところで、今日、経済活動を行う個人、法人にとって、手形の不渡りに関わる事項はその信用、ひいてはその存立に重大な影響を及ぼすものであるから、被告が一で認定したような印象を与える本件記事を掲載する以上は、記事の真実性を確保するため、関係当事者に対して直接取材するなど、十分な調査を行うべきであり、不十分な調査しか行わなかった場合には、本件記事の摘示事実を真実と信じたことにつき相当の理由があるとはいえないものである。

2で認定した事実によれば、被告は、平成五年度の原告の経営状態が悪化したこと、人員削減を行っていないことなどの一般的な情報と本件記事の直接の当事者ではない者に対する取材のみを基礎として本件記事を作成、掲載しており、特段の事情がないにもかかわらず、直接の当事者又はその関係者に対して本件記事の裏付けのための取材を行っていないのであって(本件記事に関する裏付取材は、比較的容易に行い得たものと考えられる。)、被告の右のような取材の態様、内容は、到底十分なものとはいえない。

なお、被告は、右広告プロダクションの社長の話は具体的であり、信用性が高いというが、本件において、右広告プロダクション社長の名前やその社長が右情報を得た者の名前も明らかにしないことなどもあり、信用性が高いと判断した根拠が明らかでなく、到底本件記事の摘示事実を真実と信ずるについて相当の理由とはなし得ないものである。

したがって、被告が本件記事の摘示事実を真実と信じたことが相当であるとは認められない。

三  原告の被害と名誉回復

前認定のとおり、本件記事は、原告の名誉・信用を毀損するものであるが、他方、本件記事は、確定的に原告に手形不渡りがあった旨を記載したものではなく、また、広告代理店業界の経営悪化に関する一事例として、特に原告についての見出し等も付されずに書かれた全文七五字・三行の比較的短い記事であること、表現も特に悪意で中傷するようなものではないと考えられること、その他雑誌「選択」の購読者数、その販売方法、取材の態様、原告が余儀なくされた対応の内容、程度等、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告に対し、原告の名誉回復措置として、被告の発行する「選択」に、別紙一記載の謝罪文を、本判決確定後速やかに同記載の掲載条件で掲載させ、さらに、原告に生じた損害を慰謝するものとして、金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命じることが相当であると思料する。

なお、謝罪文の掲載場所について付言するに、本件記事が「マスコミ業界ばなし」欄に掲載されたものであり、同欄は毎号「選択」の最終頁に掲載されているもので、一定の固定した読者を有するものと考えられるから、本件記事の謝罪文も、同欄又はその同一頁内に掲載されるのが相当と考えられるが、仮に、編集の都合上これが困難で、他の頁に掲載する場合には、少なくとも謝罪文の掲載場所がどこであるかを同一頁内に示すことにより、読者が掲載場所を知り得るような方法を講じることが必要であると思料する。

四  以上のとおり、原告の請求は、主文第一項、第二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎恒 裁判官 窪木稔 裁判官 柴田義明)

別紙一 謝罪

平成六年五月一日発行の本誌五月号「マスコミ業界ばなし」欄において、株式会社毎日コミュニケーションズに関し、「毎日コミュニケーションズには不渡り騒動があった。」との記事を掲載しましたが、これは十分な裏付け取材を欠いた記事であり、事実に反するものでした。

この記事のため、同社に対しご迷惑をおかけしましたことをお詫びいたします。

(掲載条件)

使用活字 本文は一二級、表題は一四級

掲載場所 「選択」最終頁の「マスコミ業界ばなし」欄又はその同一頁(編集の都合上右が困難な場合は、同欄又はその同一頁において、謝罪文の掲載場所を示したうえ、「選択」のしかるべき場所)

別紙二 謝罪

平成六年五月一日発行の本誌五月号「マスコミ業界ばなし」欄の上から二段目の十四行目から十七行目において、株式会社毎日コミュニケーションズに関して「毎日コミュニケーションズには不渡り騒動があった。」との記事がありましたが、これは全くの事実無根のものであり、十分な裏付け取材を行うことなく記事にしたものでした。

この記事のため同社及び同社取引先の関係各位に対し甚大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。

平成七年 月 日

選択出版株式会社

「選択」編集発行人

代表取締役 飯塚昭男

株式会社毎日コミュニケーションズ 御中

(掲載条件)

一 字体 MG-A-KL (石井ゴシック体)

二 本文は一二級 一一歯 行送り二一歯

三 表題と末尾飯塚昭男の字は一四級 字送りは一一歯

四 全文枠囲み、囲み径は〇・二mm

五 掲載誌、時期は判決後最近に発行される「選択」誌上

六 掲載場所は「マスコミ業界ばなし」欄と同頁で編集後記の前

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